STOP!児童養護施設内虐待

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2000,3,31

児童養護施設にとって恩寵園問題とは何か




はじめに

 恩寵園の騒動に係わった者には共通の思いがあると思います。それは、「恩寵園の問題は、恩寵園だけのことでない」ということです。
 恩寵園は極端な例ですが日本の児童養護施設の抱える問題の典型例のひとつとしてとらえ、そこから一般化される課題を改善克服するための手立てを制度要求にして、制度化に取り組んできました。この問題では、批判、追求される立場にあった厚生省ですが、私たちの要求を受け止め制度化に尽力された担当官も、思いは同じだったと思います。
 裁判をたたかっている恩寵園の卒園生、弁護団、『恩寵園の子どもを支える会』(以下『支える会』)も裁判をとおして児童養護施設の改善に寄与しようとしています。

 本文では、恩寵園の出来事から、児童養護施設に係わる施設の運営や経営、児童養護施設界の自浄力、行政のあり方、権利擁護の制度の不備について検討を試みました。また、この騒動の理解に役立つよう、エピソードやその場の事情を、許されると思われる範囲ですができるだけ記述をしました。

1.裁判や県の調査で認められた前園長の体罰・虐待行為
 騒動の出発点となった前園長の入所児童に対する体罰、虐待行為とはどのようなものだったのかを見てみます。ここでは、職員や子ども達が指摘している内容から見れば一部ですが、県の調査や裁判で認められた事柄を紹介します。
 園長の体罰、虐待行為については、1996年5月に当時の職員が組合を結成し園長の辞任を要求したときの要求書の付属文書『何故、私たちは園長の辞任を求めるのか』が、最も詳細なものです。同じ時期に子ども達が行政に提出した『知事への手紙』『厚生大臣への手紙』において、子ども達がどの様な思いで施設で暮らしていたのかが詳しく分かります。これらの資料は、インターネットのホームページで見ることができます。

A.1995年10月「千葉県児童相談所長協議会の面接調査結果(要約)」で認められた体罰
1.体罰に関しての事実関係について
 調査の結果対象児童の多くが園長から殴られた経験があることを話した。又『ティッシュに火をつけられた』『刃物で脅された』と話した児童がいた。職員からも体罰に関する話があり匿名電話の内容を含め、園内で入所児童に対する体罰が行われていたと判断する。」 この時の面接は職員に意図が説明さなかったために、多くの職員が対応に戸惑い園長の体罰について回答しなかったと言っているように、不十分な調査でした。 

 裁判や様々な報道で明らかにされているように、実は、これ以前にも恩寵園の体罰について県や児相への通報が幾つもあったことが分かっています。ですから、何故この匿名電話のときに児童相談所長協議会が動いたのかは、大きな謎となっています。

B.2000年1月「住民訴訟裁判」で認められた前園長の体罰・虐待行為
  1. 園児の態度が悪いと、ライターを点火したまま園児の腕に近づけて恐怖を与え、職員が制止しても笑いながら続け、さらにその子が足のひっかき傷を押さえていたティッシュに火をつけた。
  2. 性器を触っていた男児に、「そんなことをするオチンチンならばいらない」とズボンを脱がせ、性器にはさみを当て、恐怖のために男児を失神させた。
  3. いたずらをした園児に、「そんなことをする手はいらない」とはさみを動かしながら脅し、実際に園児の手を切って出血をさせた。
  4. 小学生の園児が、恩寵園で飼っていた鶏を遊具の高い所に持って上がった際、鶏が暴れて落ちて死んでしまったところ、鶏が可哀想だから死骸を抱いて寝ろと命じ、この園児はタオルに包んだ死骸を枕元において寝させられた。
  5. 園児の服の着方が悪いと、服の袖などを刃物で切った。
  6. 園児の顔面を殴りつけ、大量の鼻血を出させた。
  7. ポルノ雑誌を持っていた園児の手足をいすに縛り付け、雑誌を開いている格好をさせてポラロイドカメラで写した。
  8. 朝鮮人の児童が入所し、朝鮮人であることを隠して日本名で生活していたにもかかわらず、「お前は朝鮮だ」となじり、その子が泣くと「朝鮮人の泣き方だ」と揶揄した。
  9. 罰として園児の頭髪の一部のみをバリカンで刈って見せしめにした。
  10. 罰として園児を24時間眠らせないで正座をさせたうえ、食事もさせず、トイレにも行かせず、園児がトイレに行きたいと行ってもこれを許さず、園児に対し、他の園児の前で排尿せざるを得なくした。
  11. 幼児である園児を乾燥機に入れたり、明かりのついてない小さな部屋に閉じ込めて外からたたく等して怖がらせる。
  12. 熱いお風呂にのぼせるくらいまで無理矢理浸からせる。
  13. 罰として頭髪の一部を残してバリカンで刈る。
  14. 高校生の女子の園児を、下着だけでの姿で部屋の中に立たせる。
  15. プロミスリングを足に付けていた園児を見つけた際、他の園児を集め、その園児を机の上に寝かせ、包丁をふくらはぎに当て、足を切断するまねをして足を切り出血させる。
  16. 罰として園児を麻袋に入れて吊るした。
  17. 規則に違反した服を着ていた園児の服をはさみで切るなどの体罰を加えていた。
 前園長側は、“住民訴訟裁判は知事相手の裁判だったために釈明の機会が得られなかったので、あること無いことを言われた”“損害賠償請求裁判は、望むところで対等の議論をしたい”と言っています。前園長側は、これまでに全ての体罰を否定している訳ではなく、ある程度の事実は認めていることから、程度の違いを争うことになると思います。

 他方、恩寵園の卒園生は、“こんな生易しいものではない。もっとひどい虐待があった”と言っています。卒園生達にとっては、前園長の殴る蹴る、生活面で夕方5時の食事、中高生も夜8時の消灯、外出禁止のため放課後に友達と遊べなかったことなどは、権利侵害との認識がありませんでした。その卒園生達が、自分たちがされてきた仕打ちの意味を、未だに十分ではありませんが認識し始めて、損害賠償請求を起訴しました。

C.県の『勧告』の別添1『児童養護施設恩寵園の児童処遇に係わる実態調査について』 
前園長の行為だけではありませんが、
 「〔認められ又は推定された事柄〕
(1)在園児童
ア 認められた事柄
@ 襟首をつかんで床に押しつけてTシャツを破った。その後、説教して殴った。
イ 推定された事柄
@ 1日若しくは3日間登校を禁止させられた。

(2)
ア 認められた事柄
@ 乾燥機に入れられた。
A 長時間正座をさせられ、その場で失禁した子もいた。
B 1日から3日間登校を禁止させられた。
C にわとりの死骸を抱えて寝かされた。
D 園児の服の袖をはさみで切られた。
イ 推定された事柄
@ 竹刀で叩かれた
A 足などの体をさわられた」

 と述べられています。この調査は、調査対象の元職員の大部分と卒園生の一部が県への不信感から回答せず、調査に応じた方は少数でした。前園長側は、調査方法に疑義あるとして、調査そのものを批判しています。

3.何故、前園長が居座り続けることができたのか
 私は、恩寵園の職員が全国福祉保育労働組合に加盟したことから、組合の役員のひとりとして理事会との団交及び予備折衝、行政交渉に同席するなど、この問題の全ての関係者と係わりを持つことになりました。この経験に基づいて様々なことを見渡してみると、問題の解決を長引かせた原因として4点が考えられます。

 第一の原因は、施設の一族支配、同族経営による私物化です。
 4年前に、施設長を任命する理事長に前園長の兄が就任して、「人間誰でも間違いはある。間違いをやり直させてやるのも福祉だ」と留任を主張しました。これでは、公費で運営される施設の長としての公的責任をないがしろにするもので、世間は納得しません。

 第二の原因は、児童養護施設界の自浄力の不足です。
 全国児童養護施設協議会は、この問題が起きてから静観をしていました。1999年12月に、初めて役員が恩寵園に行き前園長に会いました。その後は、会長が先頭になって事態の解決に尽力をしました。今後は全養協の組織内に、権利擁護の委員会(苦情処理システム)を設けて、このような問題に対して迅速に対応するようです。

 地元千葉県の施設長会では一部の役員が対応をして、始めてこの問題の経過を施設長会に報告されたの2000年2月まで一度も議論をしませんでした。この一部の役員は何もしなかったのではなく、「恩寵園は、一部の職員が騒いだだけで、大したことは何も無かった」と事実を隠蔽する発言を繰り返したり、陰では前園長に「職員(の辞任要求)に負けずに頑張れ」と激励すらしてきました。このような役員の中から、恩寵園の新理事が内定をしたものですから、強い反対が出て辞退に追い込まれました。

 第三の原因は、千葉県のこの問題に対する不適切な行政対応です。
 私たちが県との交渉で、「県が子どもに係わることを禁止した園長に、県が子どもを委託するのは何故か」と質問したところ、児童家庭課長は「私も子どもに係わらなくて園長ができるのか疑問だった。職員が多いので役割分担をすれば、園長が子どもにに係わらなくても、施設運営はできると考えた」と真面に答えませんでした。又、県の調査において園長の言い分ばかりを採用し職員や子どもの意見を退けることの問題、園長の交代がないかぎり県への批判が沈静化しないことを指摘しましたが、全く聞き入れませんでした。
 県が前園長の留任を了解したことが、その後、悲劇を生じさせました。職員は、前園長の下では働きたくないと一斉に退職しました。子ども達も、前園長と一緒に暮らしたくないと高校3年生が里親への措置変更を選んだり、園長に反抗して荒れたことを理由に無理な措置解除をされ食うための万引き生活を余儀なくされた子もいます。4年前に職員が要求したように園長の次男を辞めさせていれば、子どもが強制ワイセツの被害に遭うこともありませんでした。
 その後の経過を見れば、3年前に私たちが千葉県の社会部長に指摘したとおりの事態となり、県の責任追及する動きはますます強まり、県は追い詰められていきました。
 改善勧告の際に社会部長が「この勧告を4年前に行っていれば、今のような事態にはなっていなかったと思う。当時の認識に甘かった点がある」と過去の県の対応に問題があったことを認めました。

 第四の原因は、問題の前園長が退職しないでもすんだ制度の不備であり、きちんと処理をする先例を作ってこなかった厚生省の問題です。私たちは、そのための制度要求を行いました。多くは、児童福祉法改正や社会福祉の基礎構造改革の中で具体化がされました。

4.施設運営を混乱させる園長たち
恩寵園に限らず騒動が起きて組合に相談が持ち込まれる施設の問題は、園長の資質と大きくかかわって起きています。ここでは、施設運営を混乱させる園長たちの共通の特徴について述べます。
1997年5月に、争議を起こした園長達の問題について、全養協の役員と私たちは懇談をし、対応について意見交換をしました。以下は、そのときに問題提起をした内容です

A.自分と意見が異なる者への姿勢
@ 管理を強化して園長の意見に従わせようとする。
 同時に、排除=退職させようとする。
A “人それぞれに意見の違いがあるから話し合いを大切によう”と思わない
 職員や子どもが正直に意見を表明すると、批判と取りいじめる。
   会議の決定が施設長の意に添わなかったり、その後の園長の都合にあわなくなったり
   すると、職員会議などで決まっていたことでも一方的に破棄する。そのために、職員との
   信頼関係を損ねている。
B 子どもの権利と職員の権利を踏みにじる=人権意識の欠如
 自分にとって都合の悪い意見に耳を傾けないので、軌道修正が利かない
   施設内では絶対的な権力を握って、ワンマン運営をおこなっている。
   自分勝手な思いを常識的判断として、法律に優先させる。宗教を園運営の柱にしている
   場合は、教義や信仰を法律に優先させ押し付ける。運営において法律や子どもの権利
   条約を無視する又は踏みにじることに、なんらためらいがない。
 その一方で、法に基づく施設だからと公費の補助は受け取る御都合主義。
B.前近代的な労務管理
@ 管理職による退職強要が、違法行為との認識がない。
  「わたしに従えないなら、やめればいい」といった類いの発言が、日常的にされている。
A 就業規則によらない処分を行うことに、疑問を感じない。
  指摘されると、あわてて取り繕おうとするので、さらに問題がこじれる。
  多くの場合、就業規則や給与規定を職員に配布はおろか、閲覧もさせていない。
B 施設運営上起きる問題を“職員の力がないから”として済ませる
  唯一の管理運営責任者である自分の仕事の問題としてとらえられない
  人事の責任が分からない。力がないといっている職員を採用したこと、専門家として育てら
  れなかったことを、施設長の責任とは考えられない
C 養護実践への適切なスーパーバイズができない
  実践の理論がない、ビジョンがない。ほとんどの場合、学習がされておらず経験主義ですま
  せている。それなのに、養護に細々と口を出したがる。
  若い職員を責め立て、なじる
  ベテラン職員には、言っても聞いてもらえずやりたいようにさせている。
  管理強化による締め付けで子どもの問題行動を解決しようとする。
D 職員を、低賃金で使い捨てにしている
  措置費が国家公務員の制度を基礎としていることを無視した賃金体系をとる。
  “保母3年論”は、園長一族の高額給与を保証するための方便になっている。
  低賃金と低い定着性で高い専門性を実現できない施設運営を当然の事として、施設の現
  代化を担う態勢を作るビジョンがない。
C.世襲園長の施設運営への姿勢の問題
@ 「好きで園長になったんじゃない」
   「先代が生きていれば、俺なんか園長にはしなかった」と、職員の前で発言をする。
  施設をより良くしようとする意欲をもって仕事をしているとは考えられない。
A 園長としての資質を疑われる発言を繰り返す。
    アパートの更新で、保証人を継続してほしいと相談にきた卒園生に、「お前に親がいれ
    ば、こんな思いをしなくてもよいのに」となじる。
    労使問題で、退任も考えるべきと理事会で責任追及をされたら、「いくらつぎ込んできたと
    思っている。返してくれ」と息巻いた。
B 園長一族と「親戚付き合い」ができないと、職員は働き続けることができない。
C どんな問題を起こしても、園長一族が居座り続けることが当たり前となっている。
   そのために、正義感の強い真面目な職員や理事は愛想を尽かして、こんな施設はつ
   ぶれてもよいという気分に捕らわれやすく、粘り強く改善に取り組むことになりにくい。
    職員側には、根底にあの人が施設長では施設はよくならないという思いが強固に
   あるので、前向きな改善策を見いだしにくい。
D.上記のような方が園長と理事長を兼任したときには
@ 理事会が園長の都合で運営され正常に機能してない。
A 内部牽制が全く機能せず、園長の暴走を理事会も職員も止められない。正論をい
   う理事は解任される。意見を表明する職員は嫌がらせを受け、解雇される。
B 理事が頼まれ理事で、名誉職となっている。養護施設の実情を理事がほとんど理
   解していない
C 理事会の名簿・議事録が非公開である。ときには架空の議事録さえ作られる。

以上のさまざまな要素があいまって、施設内の矛盾が増幅します。同時にそれらのことが、争議が起きた場合は、こじれさせ長期化させる要因ともなります。

程度の違いで、このような問題を内包している施設は少なくありません。問題の施設の方が多いと言う方もいます。
 私たちは、恩寵園の問題を一施設の問題とはせずに、争議の起きた施設に共通の問題が極端な形で表れたものとして捉え、問題が表面化していない施設の改善も視野に入れた制度改善要求を行いました。

5.制度改革と恩寵園問題
 恩寵園問題は、児童福祉法改正と社会福祉の基礎構造改革における、児童養護施設の制度改革に大きな影響を与えました。
1997年4月から6月の児童福祉法改正の国会審議では、自民党から共産党まで全ての会派が質問を行い、厚生委員会の審議では、毎回、必ず取り上げられていました。これを受けて1998年2月の児童福祉施設最低基準の改正において、新たに児童福祉施設の長に対し懲戒に係る権限の濫用を禁止する規定が設けられました。通知では、『児童養護施設等における適切な処遇の確保について』、『懲戒に係る権限の濫用禁止について』が出されました。後者の通知における、「懲戒に係る権限の濫用に当たる行為について」で詳述されている、体罰の具体的な例は、千葉県児童家庭課は恩寵園で問題とされた行為に対して、“行き過ぎた指導”“暴力”をするなとの指導を行い体罰として問題にしていなかったことから、異動してきたばかりの担当者にも、読めば対応がきちんとできるようにと、分かりやすく記述されたものです。

社会福祉の基礎構造改革において制度化された事柄について、恩寵園問題との係わりの側面から述べます。恩寵園問題は大きな影響を与えましたが、それが様々な制度化の主要な理由でないことは言うまでもありません。“利用者の権利擁護”“公費による公的な福祉の責任”が、今回の改革を理解するためのキーワードです。

 私たちは、財務諸表の開示を社会福祉法人に対して義務付けることを、1996年に恩寵園の問題に係わって厚生省に要求しました。当時の回答は、社会福祉事業法の改正の時にやると言うものでしたが、今回の法改正において、事業運営の透明性の確保、サービス利用者の選択に資するためとして、実現しました。 
 これは、私物化されている施設に付き物の経理の不透明さや疑惑に対して、職員が何時でも調べられるようにするための要求でした。措置費が公費であることから、施設は使途を公開すると共に説明責任があることは当然であるとして、制度化されました。

 これまで、多くの良心的な職員が施設の改善を志しながらも、旧態依然とした私物化の前に無念の涙を呑んで退職に追い込まれてきました。そこで、問題を内包して改善を必要とする施設に、一人でも施設の改善を実現する勇気を持った人がいれば、改善を後押しできるシステムの創設を要求しました。それが、都道府県レベルの第三者機関の設置として制度化しました。施設ごとの第三者機関の設立も同様の趣旨で要求をしました。

 施設の抜本的改革進める場合には、行政指導による園長の交代だけでなく、理事会を刷新することも要求しました。理事会が園長を任命することから、ここを刷新しなければほとぼりが冷めたころに、いつの間にか同族の誰かが園長になり元に戻ることに成りかねないからです。公的福祉を稼業にするかのような私物化の根を断つためには、理事の総入れ替えは必要なことです。
 神奈川県でその先例が生まれ、恩寵園でも実施されましたが、前理事長の影響が残された理事の構成となっているとして、『支える会』は更なる理事の交代を要求しました。神奈川県では、再建委員会が設置され理事や園長の選任が進められましたが、千葉県は旧理事会に再建をさせようとしたために起きた問題です。

 私たちは、どの様な施設でも内容の改善に取り組まなければならない状況にすることが、児童養護施設の社会的信頼を高めるために必要だと考えました。又、公費で運営されていることからこそ、全ての児童養護施設が一定水準の養護内容を保障する必要があると要求したことに対して、処遇基準や評価基準が制度化されることになりました。
 必要であれば外部からの力で施設を改善させる、全ての施設が改善に取り組む、このようなシステムの制度化は、“全額公費に頼りきっている児童養護施設の処遇の改善は進まない”とする批判=利用契約制度化に対する、措置制度を守るための対案でもありました。 これらの制度改革により、全ての児童養護施設が恩寵園問題の影響を受ることになりました。そのことは児童養護施設が、“自らの内なる恩寵園問題”と向き合うシステムが作られたことでもあります。
 困難であっても、“こうあるべきだ”という未来に向いて、未来を見据えることで、どんな道筋を通ってその未来へ到達したら良いのかが分かってくると思います。

6.裁判、マスコミについて
住民訴訟裁判は、“体罰を行っていた園長の人件費を支出したことは不当だ”とするものでした。これは、被害者である子ども達が20歳にならなければ、原告になることができない裁判制度のために、窮余の一策として起こされた裁判です。言わば、子ども達が損害賠償請求裁判を起こせる年令になるまでのつなぎの裁判でした。
 弁護団も、園長の給料の返還請求での勝訴は難しいと考えていましたが、判決理由の中で千葉県の行政の間違いを書き込ませることを意図していました。だから、「県が園長の解職など指導体制の改善を勧告しなかったことは違法だ」と判決理由の中で述べられたことをもって、弁護団は“120%の勝利”として上告をしなかった訳です。

 千葉県は裁判には勝ったものの、園長の虐待行為の数々が認められ、園長の解職を含む改善勧告をしなかったことが違法とされたことで、逆に苦しい立場に追い詰められました。 制度化はしませんでしたが、私たちは厚生省に、施設長の資格の失効規定を要求しました。それは、入所者の人権侵害をしたり、不正運営をした場合には、施設長の資格を失効させることを児童福祉司説最低基準の施設長の資格事項に書き込むことことでした。
 これに対して、厚生省は“そんな分かり切ったことは、みっともなくて書けない”との回答でした。“分かり切ったことが通用しない施設長がいるのはどうするのか?”と質問したところ、“見ててください”とのことでした。

 時を同じくして1999年夏に、住民訴訟裁判での卒園生の証言調書ができてきました。そこに、千葉県の厚生省への報告にはない事実が含まれていたことから、厚生省は9月に千葉県に対して再調査を指導しました。それから、半年かかって園長の解職へと進んで行きましたが、千葉県の対応は、担当者が“4年前のことは知らない、分からない”と逃げの姿勢をテレビでさらすなど、世論の批判を浴びるような不手際なものでした。

1999年は、幾つものマスコミが児童虐待の特集を企画して、チームを組んで取材を進めていました。その動きの中で、施設内虐待に目が向けられていました。

 夏には、神奈川県の児童養護施設の鎌倉保育園の体罰問題が表面化寸前になっており、日本テレビの『報道特捜プロジェクト』も取材を進めていました。ところが、恩寵園を教訓とした厚生省の指導もあり、神奈川県は鎌倉保育園に改善勧告をするやいなや、園長や体罰に責任がある職員の退職を指導して、新体制による施設の再建へと事態が一気に進みました。鎌倉保育園が電光石火で解決してしまったことで、『報道特捜プロジェクト』のスタッフは、“もっとひどいことをした園長が居座っている恩寵園”をメインにした内容に切り替えて、1999年9月に番組を報道しました。大きな反響があったことから、月に1回の番組であるにもかかわらず年内に3回も報道されました。番組の影響で、厚生省、千葉県、千葉県警へ抗議が殺到しました。

 住民訴訟裁判の判決が出た2000年1月以後3月までは、ワイドショー、ドキュメント番組、ニュース番組で、恩寵園の問題が次々と報道されました。報道による世論の高まりが、千葉県を追い詰めて前園長を解職させるのに大きな力となりました。

 2月16日の県の改善勧告と前園長の傷害容疑による園内の捜索以後の1カ月は、理事会が休園を県に報告し県が“やむを得ない”としたこと、休園に対して恩寵園の職員や卒園生が様々な行動を起こしたこと、さらに園長の次男が園児に対する強制ワイセツ罪で逮捕、休園の撤回など、千葉県版の新聞に恩寵園の記事が出ない日は無い有り様でした。これらの出来事は、テレビのローカルニュースでも報道されました。報道陣が園を取り囲んだ日もあり、、施設の生活が落ち着かないものになったと言います。

 多くの児童養護施設関係者の報道に対する反応は、“養護施設のイメージダウンだ”と言うものでした。世間が何に怒り、何を問題にしているのかを理解して受け止めることが、これからの児童養護施設のあり方の教訓を引き出すことになる思います。

 卒園生が厚生省や千葉県に園の存続を求めて要望書を提出したことは、日本の児童養護史上において、始めて当事者である子ども達が自らの意志で直接に行政に対して声を上げた、画期的な出来事だと思います。3月10日には、卒園生11名が、一人1000万円、総額1億1000万円の損害賠償請求の起訴をしました。この裁判がどの様に決着をしようと、日本の児童養護史上の大事件であることには違いありません。

 おわりに
思わぬことから、恩寵園の若い職員たちが表舞台に登場することになりました。休園=廃園を撤回させるために行動に出たのですが、行動できるようになるためには驚くようなことが起きていました。
2月14日、私は『知事への手紙』等を収めたフロッピーを『頑張れ恩寵園の子ども達』のホームページを開いている方に届け、養問研神奈川支部が共催した「鎌倉保育園の改善経過報告会」に参加しました。この何げない出来事が、その後の情勢に影響しました。
 恩寵園の職員が、実家でフロッピーの情報をインターネットで取り、職場に持って帰ったことから、住み込みで情報を管理され“園長の体罰問題は、辞めた職員が自分たちの体罰をなすり付けたものだ”と思いこまされていた職員たちが、だまされていたことに気づくことになりました。正確な情報を得ることで間違った認識が修正され、それが切っ掛けとなって若い職員たちは行動に踏み出せたのです。昔ながらに職員を住み込みにして情報を管理をしていたのが、インターネットで崩れるとはいかにも現代的な展開でした。

 そして、鎌倉保育園の改善経過報告会が改善計画提出後5カ月で開催されたことが、改善計画に基づいて取り組めば恩寵園も再建できると職員たちが訴える根拠となり、休園の撤回には大きな意味を持ちました。
 恩寵園問題のスタートであった“暴力の無い施設にしたい”という要求は、実現される見通しがほぼたちました。それは、改革の第一歩であり、これからが再建の本番になります。職員たちは新しい恩寵園をつくるための課題として、“子どもの夢や希望を大切にできる施設にしたい”、“自分たちが長く働き続けることのできる職場にしたい”、“子どもや職員の声が生かされる民主的な施設にしたい”などと語り合っています。

 恩寵園の再建の取り組みは、若い職員たちの手によって始められたばかりです。すばらしい施設にしたいとする若者と子ども達の息吹は、恩寵園に係わり園の再生を願ってきたものにとって希望であり励ましです。
 最後に、嵐により鍛えられた若者達の再建への思いを紹介します。
『皆様の温かい励ましに、私たち恩寵園の職員は勇気づけられ、今日まで頑張って来ることができました。これからは、子ども達や支えてくださった皆様を裏切ることがないよう、恩寵園をすばらしい施設に変えていく努力をすることをお約束します。
本当にありがとうございました。
恩寵園職員有志一同』


 経過の概要
1995年
8/23 市川児童相談所へ園長の体罰を訴える匿名の電話
9月 県の児童相談所長協議会が調査 
9/4 園長から聞き取り
12 入所児童及び職員から聞き取り
10/2 調査結果を臨時所長会議に報告。10/4には児童家庭課へ報告
10/12 恩寵園長等に面接結果内容を伝える
「児童の多くが園長から殴られた経験があることを話した」
「児童に対する体罰が行われていたと判断する」等
11月 児童相談所職員が月2回の訪問指導
新規の措置入所を停止

1996年
園長の自らの体罰への見解「子どもにも原因があり、そこまで追い込んだのは、 職員の指導力不足である」
園長の物理的な体罰は減ったが、精神的虐待やいじめが増える
4/3 新年度人事で職員の意見が入れられず、無力感にさいなまれた職員が一斉に辞表 を提出する。
5 13名の児童が4カ所の児童相談所へ逃げ込む
    後から行った子どもを、中央児相は話も聞かずに戻す
11 8名が園に戻る
児童家庭課、児童相談所、法人が、園長に職員が提案した四項目の約束をさせる。 「体罰をしない。子どもには関わらない。職員と話し合う。自治活動を行う」
12 園へ帰れない児童4名が、地方法務局と県弁護士会へ人権救済申し立て
24 「学校へ通いたい」と残り5名全員が園に戻る
5/1 9名の子どもが『知事への手紙』を提出
21 職員が組合を結成し、園長の辞任を要求
6/26 職員の代表が厚生省へ、園長の解任を指導するよう要望
子ども自治会の『厚生大臣への手紙』を提出
8/7 子ども自治会代表が「私たちは園長とは一緒に生活したくありません」等とする   知事宛の文書を提出
8/24 理事会が園長の処分を決定「理事長の辞任、3カ月の減俸」
後に、園長の留任を含むこの処分を県が了解していたことが分かる
これ以降、組合との交渉で園長は強気になる
10月 『恩寵園の子どもたちを支える会』が1049名の署名を県に提出
10/24 弁護士・法学者等が知事宛の意見書を提出

1997年
1月 保母・指導員13名(15名中)が辞表を提出
3月末 職員13名が退職  新任者と退職者を接触させないために、引き継ぎは一切無し
 4〜6月 衆参両院の児童福祉法改正審議で、全会派が恩寵園問題を質問する。
  県、園ともに国会の状況を意に介さず
6/9 『支える会』862名の署名を県に提出
7/8 『支える会』が「事件後、知事が園に支弁した園長の人件費等は違法」と住民監査   請求を行う
9/3 請求棄却
10月 恩寵園への子どもの入所停止解除
10/3 『支える会』園長の人件費の返還を求める住民訴訟を千葉地裁に起こす
本来ならば被害者の損害賠償訴訟のところ、20才未満では原告になれないため
12/8 厚生省、『児童養護施設等における適切な処遇の確保について』を通知

1998年
2/18 児童福祉施設最低基準の一部改正により、『懲戒に係る濫用の禁止』規定が設け   られる
  厚生省、『懲戒に係る権限の濫用禁止について』を通知
社会福祉の基礎構造改革
10月中頃 園長の次男、強制ワイセツを職員に追求され退職

1999年
5/13 住民訴訟裁判において、17才女子の恩寵園卒園生が証言する
7月初 卒園生の証言調書ができる
8/29 神奈川県の児童養護施設「鎌倉保育園」の体罰が報道される
9月 卒園生の証言調書には、県の報告に無い体罰・虐待が含まれるとして、厚生省が   千葉県に恩寵園の再調査を指導する。
9/18 日本テレビの「報道特捜プロジェクト」で恩寵園前園長の居座りを報道
月1回の番組にもかかわらず11月、12月にも報道し、県の姿勢を厳しく追求
    日テレはその後、ニュースやドキュメント番組でも報道する
11月 県が調査を再開
12/24 園長を刑事告発、『支える会』が暴行と傷害容疑で
県警はすぐに捜査を開始する

2000年
1/27 恩寵園体罰住民訴訟の判決
園長の給料返還は棄却するが、判決理由の中で「県が園長の解職など指導体制の   改善を勧告しなかったことは違法」と述べる。
2/15 県社会福祉審議会『児童養護施設「恩寵園」の児童処遇について』を知事に答申
16 県が恩寵園に改善勧告
県警が園内を捜索。園長の傷害罪容疑、園長の次男を強制ワイセツ罪で書類送検。 24 理事会で全理事の交代を決定
29 県に休園を報告。県の社会部長「休園もやむを得ない」とコメントを発表。
3/1 厚生省、県に園が改善勧告に従うように指導することを求める
2 県が恩寵園に休園を再検討し、勧告に従い改善計画を提出することを求める
 職員有志が、厚生省3/1、県3/3・6に園の存続を求める要望書を提出
 卒園生が休園撤回を求め連日の街頭ビラ、園、県、厚生省に要求、集会を開催
8 園長の次男で元職員が園児に対する強制ワイセツ罪で逮捕、園内を家宅捜査。
9 恩寵園理事会、休園を撤回
10 卒園生11名、千葉県、前園長、恩寵園を相手に損害賠償請求の起訴
23 理事会において、改善計画を承認、新園長を選任
改善計画の調整が県との間で進められる

以上


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